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私の世界と評価の話

自キャラのドールが欲しすぎて、もはやカスタムしたドールをもとに自キャラを作るという本末転倒な状態です。

アシェルって決めた

つり目の気の強そうな女の子が好きなの。ボディが男の子なので女装っ子だけどドール可愛い。

創作メンヘラの私

私は昔から集中力には自信があって、一度ハマると寝食忘れて没頭していました。ですがのめりこむあまり依存してしまう――例えば創作だとその反応や評価などに一喜一憂して病んでしまう――ので、依存先を増やすことで一つに依存しすぎないようにしています(それでもやっぱり病むけどね)。

「一次創作の沼」という記事でも書いた通り、私はいろんな趣味に手を出しているのでいろんな界隈の情報を得るためにSNSやブログを覗いたりネットで検索したりします。そこで気づいたのは、どの分野どのジャンルでも反応・評価する土壌があって、同人で言う大手みたいな人がいること。でも、そのジャンルから離れると全く話が入ってこないこと。

その「世界」は本当に私のすべて?

SNSをしていないし、今はハマっている商業作品が無いので正直何が流行ってるとか全然わかりません。各ジャンルに大手と呼ばれる方々がいると思うんだけど、少なくても私のジャンル(JITTERAGE/笑)では聞いたことがありません。私の世界を全部知っている人はいないし、私は誰かの知っている世界を多分知らないと思う。

なんだかね、評価や反応に依存することに少し虚しさを覚えました。

もちろん評価されたり反応があるのはすごく嬉しいです。だけどAでの評価はBとは関係ないし、Bでの評価もAとは全く関係ない。どの分野でも評価される人はいると思うけど、一つの分野で評価されなかったからと言ってそれはその分野でだけの話。
物を作るってどんなものでも自分の一部なので、評価されると自分自身を評価されたように感じるし、反応が無いと自分自身がそういう存在のように思えてしまうけれど、すべてその分野の中での話。その分野だけが私ではないからその評価=自分の評価じゃない。

そもそも依存先しゅみをたくさん増やしているから、やりたいことがいっぱいあって作り終わった後評価を気にする暇がない(ようにしている)。体も時間も体力もたくさん欲しい、ついでに増えた道具の置き場所も。

というわけで忙しい毎日を過ごしています

いよいよフルムーンレイカーの番外編が残すところ1話になりました。長いようでみじか……やっぱ長い付き合いだった盈司と朔也とも次が最後。何となく余韻が残る終わりに出来たらなと思います。
最近とあるアーティストの「すべての物語はバッドエンドに終結する、何かを成し遂げても一抹のさみしさの残る終わりであってほしい」という言葉にひどく感銘を受けたので、いや、フルムーンレイカーはハッピーエンドですが、読んだ方の心に残せる話が描きたいなと思います。