note再録ブログ

物持ちの良さとは

私は物持ちがいいほうだと思う。が、決して大切にしてるとは思っていない。ただ使えないだけなのだ。

どんないろがすき
赤いいろがすき
一番先に無くなるよ、赤いクレヨン

「どんないろがすき」

この歌を聞いたとき私には当てはまらない歌だと思った。
昔から消費してなくなることが嫌で、勿体なくて、大好きなものほど使えなかった。

大好きな色のペンが無くなるのが嫌だから他の色のペンを使うし、使うために買った素敵なノートを本棚に入れて眺め、実際に使うのは100均で買った適当なノート、どうしても使わなきゃいけないときは予備の予備を用意してから使う。
だから好きなものは持っているのにそうでもないものに囲まれた、無駄なものの多い生活を送っていた。

二年前に色々あって断捨離やジャーナリングを経てだいぶマシになったが(このことはまたいつか書けたらいいなと思っている)、今でも気に入ったボールペンの替え芯を複数買いしそうになるのを必死で抑えている状況で、この習性との戦いは長くなりそうだ。

子どもの頃の私、の残骸

これは一部、かつ既に半分ほど処分した後に残っているもの。複数あるのは友達に譲ってもらったから。

これはこの夏、実家から持ち帰った雑誌の付録たち。
セーラームーンにレイアース、怪盗ジャンヌ…可愛くて綺麗なイラストのシールやノート、便せんを逆に使えた人いるの?って今でも思っているんだけど、当時の私に消費するという概念はなかった。数のある便せんは使っても必ず一枚は残していた。
特に私は種村有菜先生の絵が大好きだったので、吉住渉先生ファンの友達とトレードしたり譲ってもらったりしていた。今はどうかわからないが、当時組み立て式のレターセットや鉛筆立てが付録についていてそれも組み立て前の状態で丸々残っている。

可愛い…ストローとか使える訳ないよ…

種村有菜先生作品の付録は今見ても本当に可愛いと思うし心からときめくので、紙の劣化が見られるまでは取っておくことに決めた。おばあちゃんになったら組み立てる。

セーラームーンとレイアースは今更これらの便せんで手紙書くような相手はいないが、勿体なくて捨てられない。子どもの私は打算的でもあったので、人気作品のものは何となく大人になったときに価値を持つのでは?と考えていたのだ。
実際価値があるのかどうかは大人になった今よくわからないし多分ないだろうけど、……やっぱり捨てられない(レイアースのノートは50円で売れた)。

いっそ、誰かもらってくれないかな……

見えるだろうか、「1995」の文字が
これ多分、1993年かな…各A6くらいのサイズでどこに貼るものだったんだろう…
ファイルを止めるゴムもすっかり伸び切っている

私は2022年の目標の一つに「1000個捨てる」を掲げていて、廃棄、使い切り、ブックオフ、駿河屋、メルカリを駆使して、なんとか716個まで達成できた。年末残り30個あたりになったときにまだ残っていたら数合わせに手放そうと思う。

物は使うためにある

しまい込まれたレターセットや使わなすぎて書けなくなったジャンヌのボールペン、勿体なくて手に入れてから一度もキャップをあけていない満月の水性ペン。おそらく物としての本望は遂げていない。
きっとインクは乾いてしまって一度も使わないまま、この水性ペンはもう使えないんだろう。だけど捨てられず、私は付録をまとめている袋に戻す。

その横で、手に入れたシールを片っ端からノートや手帳にべたべたとためらいなく貼る家族の姿を見て、物持ちの良さと物を大切に扱うことについて未だ考えているところだ。

※11/15追記:引き取り手がいらっしゃったので、今はほとんど手放しました。今度は大事に使ってもらってね。