note再録ブログ

7.いつかの創作者へ

今の時代、SNSやネットには綺麗な絵や上手い漫画ばかりで、素人の自分が創作なんて……と思う方もいるかもしれないけれど、創作ってもっと気軽に触れられる趣味だと思うので未来の創作者が増えたらいいなと思って、「前途洋洋たる僕ら」の話ではないけれどこの記事を書きます。

あれは10年前。

どブラックな職場で精神疲弊していた私はとあるコンテンツにドはまりし、pixivで二次創作を漁り、供給される萌えを何とか日々の生きる糧にしていた。ハマっていたコンテンツは当時一大コンテンツだったもののCP的にはマイナーでかつ好みに偏りのある私だったので好みに合う作品を見つけるのが難しかった。が、とある作者の方の創作物に出会い、大いなる萌えと……衝撃を受けた。

彼女の漫画は、4.で紹介した「細長い漫画」だった。
見慣れないサムネイルだったので最初はスルーしていた、がマイナーだったのでpixiv内をほぼ見尽くしてしまいそのサムネイルをクリックした。おそらくSAIで書かれたもので、ペン入れはされておらず単色カラーがトーン代わりに乗せてあるものだった。漫画と言えば雑誌に載っているようなきちんと清書されて、紙の形(長方形)でコマ割りされて……というものだと思っていた。それとはまったく違う形で、だけどものすごく萌える。横に線を引いていくだけのコマ割りで話は進む、読み進めるのに苦はない。クロールして画像を見ていくので通常のコマ割り形式よりむしろ見やすい。
彼女の原作への愛情と想像力、創作力があっての作品だが、私はこんな表現方法があったんだ!とまさに目から鱗が落ちる思いをした。
その作品は連載形式だったのだが、何シリーズも続き、かつものすごい勢いで更新され、静かな熱をもって最終回を迎えた。正直細部はもう覚えていないのだが、今でも最終回を読み終えたときの暖かい感情は心に残っている。

その前後して私には、

一人、胸に抱えていた創作設定があった。キャラクターもいた。始まりと結末も考えていた。メモとして断片的に形にすることはできても、それ以上まとまらない。自分ではものすごく萌える、面白い。だけど私は小説も漫画も描けないから、この萌えを発散することができない。萌えによる熱を放出できない体は絶えず熱がこもっているようだった。
さらに厄介なことに私は言語化が苦手で、萌えを説明することができない。毎回「〇〇な攻めと××な受けの二人を取り巻いている環境を含めた雰囲気」的なところに萌えているのだが、説明もできないためオタクの同期と萌え話をする機会はあったのだが私から話せることはなかった。

しかし私は出会ったのである、細長い漫画に。

そこからの私は狂ったように、仕事が終わると即家に帰り毎日寝食を惜しんで漫画を描き続けた。漫画を描けない私にとって、細長い漫画の利点はいくつもあった。コマ割りなどの演出を考えずに済むので、思いついた熱量のまま描けるのだ。ページという概念もないので好きなところまで伸ばしたり短くしたりできる。
そうやってひたすら萌えを吐き出しているうちに体にこもっていた熱が消え、悶々としていたものが抜けて心が晴れていった。その時の感情は、救われた、である。私は漫画を描くことによって救われた、本当にそう思った。

細長い漫画の利点と創作のすすめ

さっきも書いたように細長い漫画はコマや見開きとか気にせず描けるので、萌えと勢いで描ける。参考にした作者はものすごい勢いで何シリーズも怒涛の勢いで描いて最終回を迎えていた。彼女の熱意がすごかったのはもちろんだが、表現のために余計なことを考える必要が無いからだと自分で描いて気づいた。なので表現初心者にはものすごくお勧めである。
もちろん、ちゃんとコマ割りした漫画が描きたいと思う人もいると思うが、結局上達は創作の目的や意欲によると思うので、それよりとりあえず表現することに慣れた方がいいと思う(私もリコリスやトリコロールを描いているうちに私と細長い漫画の相性や長所短所が分かり、もっと良くしたいとコマ割りを学んだり、ソフトを変えたりした)。

また、「とりあえず表現しろ」という理由のもう一つに、感性の問題がある。感性はその時の年齢や環境によって変わっていく。だからその時その時に、長編じゃなくてもいい、作品として表現しておくと時間が経ったあと見返すのが本当に楽しいのでおすすめだ。あの時はこんな感情抱きがちだったなぁとか、今はこう考えないなとか……創作って作者の心の内がどうしても入ってしまうので。

なお以前にも書いたが、WEB閲覧環境の変化によって縦読みの漫画も増えてきたのでコマ割りの漫画にこだわる必要もないかもしれない。


いつかの創作者へ

私のような適当な感じでも漫画は描けるし、こんなもんでいいんだと気楽に気軽に創作するきっかけになって、未来の創作者が増えたらいいなと思ってます。

というわけで、この第7回をもって創作方法の話はおしまい。